ムクロジとは
ムクロジは、ムクロジ科ムクロジ属の植物です。さまざまな場所に植えられており、その実は古くから各地で石鹸(せっけん)として使われてきました。そのため「セッケンノキ」「ソープナッツ」などの別名を持ちます。また、実の中には黒くて硬い種が入っており、これは羽根つきの珠をはじめ多くの形で利用されています。
学名 | Sapindus mukorossi |
和名 | ムクロジ |
原産地 | 西日本 |
分布 | 関東以西・四国・九州・中国・東南アジア |
ムクロジの特徴
ムクロジは、各地の庭や公園などに多く植えられています。また、魔除けの力があると古くから伝えられており、古いお寺にはしばしば大きなムクロジの木が植えられています。また、九州や東南アジアなど、暖かい地域やの山中では、自生していることもあります。
幹や枝の特徴
ムクロジの樹は、とても大きく成長します。樹高は高いものでは20mにもなり、直径も50cm~1mほどにもなります。枝は横に広がる特徴があり、大きく張り出した枝葉は大きな日陰を作り出します。幹は灰褐色(はいかっしょく)で、つるりとした表皮が特徴です。しかし古い樹は次第に表皮が剥がれ、ゴツゴツとしたしま模様が姿を表します。
葉の特徴
ムクロジの葉は、細長くやや厚みがあります。光沢のある大きな葉が左右に広がりますが、対になる葉は同じ場所ではなく、少しずれた位置に生えています。暑さが過ぎ涼しい季節が近づくと、やがてムクロジの葉は黄色く染まります。季節が紅葉の時期になると、イチョウとともに山を黄色く彩りはじめるのです。
花の特徴
梅雨の時期になると、ムクロジの丸いつぼみが開きはじめます。1つ1つは小さく控えめですが、枝の先に円錐(えんすい)状にまとまって咲く様子が、すすきの穂のようにも見えるでしょう。特徴的な咲き方は、多くのつぼみが順に開くことで花期を長くするためだと考えられています。
実の特徴
ムクロジの緑色の実は、季節が夏に近づくにつれふくらんでいきます。そして秋が近づくと、徐々に濃い茶色へと変化していきます。熟しきったムクロジの実は、ヘタの部分だけが飛び出たまま中が空洞になるため、まるで水筒や魔法瓶のようです。
神聖な力があるとされた
ムクロジは、漢字では「無患子」と書きます。これは「子どもが患(わずら)うことが無いように」という意味が込められています。この木で作った棒で鬼を払ったという伝説もあり、古くから「邪気=病をはらう力」を持っているといわれてきました。ほかにも、実で作った果実酒も病を遠ざけるとされ、神聖な力を持つと伝えられてきたことがわかります。
ムクロジの用途
ムクロジは、古くからさまざまな形で利用されています。特に天然の石鹸としては優秀で、日本以外の国々でも使われてきました。乾燥させても石鹸としての効果は衰えず、むしろ独特のにおいもおだやかになります。そのため、寒い季節になると実を収穫し、干して年中使っていました。
代表的な用途は石鹸
ムクロジの実には、多くのサポニンが含まれます。これは強い殺菌作用を持つことと、水につけてもむと泡立つことから、天然の石鹸になります。セッケンノキという別名の意味もよくわかります。冬の時期、地面に落ちたムクロジの実と少量の水をペットボトルに入れて振ると、すぐに泡立ちますよ。ただし、魚にとっては特に強い毒になってしまうため、金魚などを飼っている家では気をつけてください。
各地で石鹸として使われてきた
ムクロジは、古くから石鹸として利用されてきました。日本では、平安時代にはムクロジの石鹸としての効果は知られており、すす落としなどに使われていたとの記録が残っています。またインドでも、食器や衣類などさまざまな汚れに対して使われていました。まだ若い実でも使うことができますが、熟した実を乾燥させると臭いが減り、保存性も上がるためより使いやすくなります。
種をつないで数珠に
ムクロジはまた、数珠の材料にも使われてきました。その昔お釈迦様は、厳しい修行の中でムクロジの種を108個つないで数珠にし、弟子たちや如来(にょらい)様たちに配ったという伝説があります。現代でも、ムクロジで作った数珠は高級品と扱われています。黒く硬いムクロジの数珠は、使い込むごとに濃い光沢が出てくるため、多くの人々に愛されてきました。
種を炒ると食べられる
ムクロジは種を割って胚(はい)をとり出し、炒ったり蒸し焼きにしたりして加熱すると食べられます。豆のような食感とナッツのような味で、おつまみにぴったりです。ただし、実の部分には毒性のあるサポニンが含まれています。そのため、ムクロジを食べるときは実ではなく、必ず胚の部分をとり出してから食べるようにしましょう。
ムクロジと日本人の生活や文化
ムクロジはいろいろなところに植えられ、日本の文化に根付いてきました。特に、公家屋敷(くげやしき)の庭には、たいていムクロジが植えられていたといわれています。理由は、ムクロジはお釈迦様に由来する植物であるため縁起がよいと考えられたことや、石鹸として使えるため屋敷で働く人々に利用されていたことなどがあげられます。
羽根つきの珠の材料
ムクロジの用途として特に有名なのは、お正月に遊ぶ羽根つきです。羽根つきに使う羽根の、根元にある黒い珠は、実はムクロジの種です。理由としては、古くからムクロジは身近なところに植えられていたこと、1つの木に多くの実がつくため手に入れやすいこと、硬くて軽いため子どものおもちゃとして都合がよかったことなどがあげられます。
羽根つきの由来は蚊の退治
羽根つきには、魔除けのおまじないという意味もあります。古くは、蚊は病気を運ぶ虫として人々の悩みのタネでした。そこで、蚊の天敵であるトンボをかたどった羽根をつけ、蚊を追い払ってくれるようにと願いを込めたのです。ムクロジの種が使われるのも、こうした無病息災の意味も兼ねています。
皮は生薬としても使われた
ムクロジの実は、延命皮という名前で生薬にも使われていました。延命皮は、強壮や殺菌・消毒などの効能があるといわれています。ムクロジの実には、石鹸の主成分であるサポニンが多く含まれており、強い殺菌作用をもちます。しかし同時に人間の体には毒になり、おなかを壊すこともあるのです。そのため現在では、生薬としては使われていません。
古典落語でも語られる
ムクロジは、古くから日本人の生活に寄り添ってきました。そのため、各地にムクロジを扱った物語などが残っています。中でも有名なのが、古典落語の「茶の湯」です。この話からは、舞台である江戸時代には石鹸の代表としてムクロジが使われていたことや、食べるとおなかを壊してしまうことなど、ムクロジの特徴が広く知られていたことがわかります。
茶の湯あらすじ
見栄っ張りのご隠居が、茶の湯をはじめました。しかし抹茶を知らないご隠居は、なんと青大豆とムクロジの皮でお茶を立てます。泡立ちはするものの、ご隠居はおなかを壊してしまいます。それでもご隠居は茶会を開きますが、誰もお茶を口にしません。唯一評判のよかったお菓子も、ご隠居が代用品で作るようになったため、ついに誰も参加しなくなりました。事情を知らずに訪ねてきた友人は出てきたお茶に困り果て、ねばつくお菓子をこっそり遠くに捨てました。お菓子は近所の人にぶつかり、その人はぽつりとつぶやきました。「ああ、また茶の湯か」と。
まとめ
ムクロジは、古くから日本人の身近なところにあった植物です。実が石鹸として使われていたこと以外に、種は羽根つきの羽根や数珠などに使われてきました。水に入れて振るだけで簡単に泡立つため、熟した実が落ちる時期の冬になったら、試してみると楽しいですよ。ただしそのときは、使った水を魚がいるところには流さないようにしましょう。
出典:写真AC