小さな赤い虫と住まいの歴史
小さな赤い虫
今では春から夏にかけて大量に発生することで、広く知られている真っ赤なちっちゃい虫が、日本で確認されたのは1980年頃のことです。野外ではアスファルト、住居ではベランダ、庭、家の中、部屋の中などで確認されています。
真っ赤な小さい虫の相談
真っ赤なちっちゃい虫が確認されるきっかけは役所や保健所に、真っ赤なちっちゃい虫のことで、全国的に苦情や相談が増加したことからです。今まで見たことがない真っ赤なちっちゃい虫が、ベランダ、庭、家の中、部屋の中まで侵入し、大量に這い回っていたのですから無理もないことです。
真っ赤なちっちゃい虫の相談内容とは
1.真っ赤なちっちゃい虫が建物や周辺、庭の敷石、アスファルトなどに大量に発生している。
2.真っ赤な色で目立ち、気持ちが悪い。
3.家の中や部屋の中まで侵入してきて不快。
4.干してある洗濯物や布団について不快。
5.毒虫ではないかという恐怖感。
6.駆除の方法を教えて欲しい、駆除をして欲しい。
真っ赤な小さい虫と住環境の変化
和風建築から洋風建築へ
1980年という年は、それまで和風が一般的だった住宅デザインは、床はフローリングの部屋を取り入れ、洋風デザインへシフトし、住環境も変わっていった時期です。それまでの和風建築では、日本の気候に合った作りで、畳が湿気を吸い、木の縁側があり、家の周りも土が豊富で夏の照り返しも少なく、夏は涼しく過ごせました。
真っ赤な小さい虫と中高層住宅の増加
また1980年は日本住宅公団(現:UR都市機構)が供給する東京都の公団住宅(集合住宅)の総管理戸数が100万戸を突破した年でもあります。民間の分譲マンションは、この時代のマンションからオール電化、オートロックの導入、間取りはオール洋室の部屋が特徴的でした。夏の必需品ルームエアコンの普及も伸びました。
真っ赤な小さい虫とコンクリートやアスファルト
公団住宅も民間マンションも構造はRC鉄筋コンクリート造りです。住環境に関連して、全国の一般道路のアスファルト舗装化は、1970年代から進められ、オイルショックから回復した1980年代から急速に進展していきました。このように住環境、道路環境の変化は、ちっちゃい赤い虫が大量に発生する下地が作られたのです。
小さな赤い虫と花粉症
春の訪れと赤い小さな虫
春から初夏にかけて、アスファルト、コンクリート、庭石の上を真っ赤なちっちゃい虫がチョロチョロ動き回る風景は、花粉症の季節が訪れを告げるかのようです。ちなみにスギ花粉症が毎年発生するようになったのは1979年からで、日本で真っ赤なちっちゃい虫が確認されたのが1980年頃ということは何か関係があるのでしょうか。
赤い小さな虫の正体は
真っ赤なちっちゃい虫の正式名称
「真っ赤なちっちゃい虫」の正式和名は「カベアナタカラダニ」で学名は(Balaustium murorun(Hermann))といいます。学術的には節足動物門(せっそくどうぶつもん)鋏角亜門(きょうかくあもん)クモ綱(くもこう)ダニ目 ケダニ亜目 タカラダニ科 アナタカラダニ属 に分類されたダニの仲間になります。
名前の由来
「カベアナタカラダニ」は、以前は同属の浜辺の岩の上を這い回っている「ハマベアナタカラダニ」として認知されていました。その後の研究で別の種類だとわかり、アスファルトやコンクリートの上を這い回っている赤いダニを「カベアナタカラダニ」とし、区別しました。
日本と世界のアナタカラダニ
「カベアナタカラダニ」と「ハマベアナタカラダニ」の他に5種類のタカラダニが日本で確認されています。浜辺以外の身近なところで確認されるタカラダニの多くは「カベアナタカラダニ」になります。アナタカラダニは世界で約41種類以上が確認され、世界中に広く分布しています。
ヨーロッパと日本のカベアナタカラダニの関係
近年、遺伝子配列の解析研結果から日本国内に広く分布する「カベアナタカラダニ」の遺伝子が、ヨーロッパの「カベアナタカラダニ」と同一の遺伝子を持っていることがわかり、ヨーロッパからの外来種という仮説がありました。しかし最近の遺伝構造の詳細な解析結果からは疑問があると示されています。
カベアナタカラダニの特徴
特徴:1
カベアナタカラダニは体長約1mm前後と大きく、全身が鮮やかな赤朱色をしているため容易に肉眼で見つけることが出来ます。胴体、脚はケダニの特徴である無数の毛で覆われています。体の背面に1対の目を持ち、目の後ろにはアナタカラダニの特徴であるウルヌラと呼ばれる穴があります。
特徴:2
幼虫は体長 約0.5mm、体は卵形で背板の形状は成虫に似ていますが、ウルヌラと呼ばれる穴はありません。成虫は身に危険を感じたら、ウルナラから赤い体液を噴出し、その体液には化学物質が含まれていて、仲間には警戒フェロモンとして作用し、敵に対しては防御アロモンとして作用します。
補足説明
フェロモンは同種の個体に影響を及ぼし、アロモンは多種類の動物に影響を及ぼします。平たく言えば、フェロモンは同種間のコミュニケーションに使われます。性フェロモン、集合フェロモン、警戒フェロモンなどです。アロモンは敵の攻撃を弱める働きがあり、スカンクが有名です。
特徴:3
「カベアナタカラダニ」の赤い体は、カロテノイドが豊富に含まれている血リンパ(昆虫の血液)で赤くなっています。この赤色は、捕獲者に対して「危険・悪いもの」と認識させる警告の色になります。それにより、「カベアナタカラダニ」は難を逃れることができます。この警告のことを「アポスマチズム」といいます。
特徴:4
初夏の日差しでコンクリートやアスファルトの表面はかなり熱くなりますが、カベアナタカラダニは短時間であれば高温耐性があります。
特徴:5
カベアナタカラダニは春を告げるように現れ、夏の訪れが近づくと、やがて去っていくのも特徴です。
カベアナタカラダニの生態
分布と生息場所
分布地域
日本では、北は北海道から南は沖縄まで分布し、都市部から山里、山地にかけて生息しています。生息する環境(風土、気象条件など)によって成長に違いがあります。
生息場所
生息場所としては、日中は日当たりがよく、表面温度が約40度前後の地表面、岩や堆積物の隙間、庭の石積部分、アスファルト、石、レンガ、コンクリートなどの乾いた場所、家の中より外、建物の壁やベランダ、屋上を好みます。
活動時期
幼虫から成虫
カベアナタカラダニの生息する環境(風土、気象条件など)によって違いがありますが、関東では3月末頃に幼虫、4月中旬頃に若虫、4月下旬頃に成虫として確認されます。
カベアナタカラダニの発生期間
陽気がよくなる5月下旬頃が発生するピークです。初夏に当たる7月ぐらいから減り始め、夏になると全く確認されなくなります。因みに、ヨーロッパのカベアナタカラダニは夏まで活動しています。日本とは1ヶ月活動期間が違います。また大量に発生する時期であっても、雨の日はあまり確認されません。
カベアナタカラダニの苦情
カベアナタカラダニは容姿が赤く、しかもちっちゃい虫が大量に這い回っている様子は気味が悪いと、発生シーズンには、役所や保健所に多くの苦情があり、特に中高層マンションの住民の方の苦情が顕著です。住居以外では工場、病院、給食センターなどから苦情があります。カベアナタカラダニは不快害虫の対象にされています。
食性
タカラダニの食性
タカラダニ科の多くは幼虫時に昆虫やクモ類の体表に寄生し、体液を吸って生活していますが、ヨーロッパにおけるカベアナタカラダニの調査では、幼虫、若虫、成虫いずれの段階においても花粉を中心とした食性をしています。
日本でのカベアナタカラダニの食性
日本では生息するカベアナタカラダニの食性を調査した結果、幼虫時は昆虫に寄生せず、花粉や小昆虫(アブラムシ、トビムシ)、地衣類(藻類に共生した菌)などを食べる雑食性であることがわかっています。夏が来ると、カベアナタカラダニがいなくなるのは、エサになる花粉が少なくなるからでしょうか。
繁殖と産卵期
繁殖の特徴:1
カベアナタカラダニの繁殖は特徴的で、ヨーロッパの調査では雌(メス)だけの単為生殖(雌だけで繁殖する)をすることが分かっています。米国や日本においても、カベアナタカラダニの雄(オス)が捕獲されないことから、雌だけの単為生殖を行っていると推測されています。
繁殖の特徴:2
単為生殖は大繁殖する要因でもあります。カベアナタカラダニは年に一度、1個体で10個~22個を産卵した後は、間もなく死亡します。また害虫といわれる昆虫の多くは単為生殖します。身近な生き物ではゴキブリがそうです。
産卵場所
産卵場所:1
カベアナタカラダニは地上では土の中、アスファルト舗装の道路や屋上でもコンクリートの床面に産卵することは無く、ましてや家の中や、部屋の中には産卵しません。人気の少ない、屋上や地上のコンクリートの壁面の割れ目や、床面と壁面の隙間、壁と壁の間に挟まれたコンクリーの破片などに卵を産み付けます。
産卵場所:2
産卵場所は夏の暑さや、冬の寒さ、湿度の変化が少なく外敵から卵を守れる利点があるからだと推測されています。カベアナタカラダニの卵は暗い赤色で、直径約0.20mm、短径約0.16mmの楕円球体をしています。コンクリート塀、壁などの割れ目の中で、卵の状態のまま来年の春まで過ごすと考えられています。
カベアナタカラダニの捕食者
カベアナタカラダニの捕獲者は、野外に生息するカマキリやてんとう虫、蜘蛛だと推測されています。しかし都会ではなかなか見かけることがありません。そのため、コンクリートの建造物が多い都会の環境は、カベアナタカラダニが繁殖しやすい環境なのです。
出典:筆者作成