イチイ(一位、櫟)の概要
イチイ(一位、櫟)とはイチイ科イチイ属の常緑針葉樹です。場合によっては、イチイ属の植物の総称とされることもあります。日本では北海道や本州北部などの寒冷地に分布していますが、庭木としてなら、沖縄県を除いた全国各地で見ることができます。
大木になるが生長は遅い
成長すると20mほどの高木になりますが、育つスピードが遅いので和風庭園などの垣根に利用されることも多いです。雌雄異株で、秋に入ると雌株が実をつけます。
別名が多い
イチイは別名の多い樹木です。一般的には「あららぎ」の名前がよく知られていますが、北海道や東北北部の方言では「オンコ」と呼ばれています。オンコの語源については諸説あって、現在も不明のままです。北海道の先住民族アイヌは「クネニ」と呼んでいました。
歴史に登場する「あららぎ」
あららぎの名前が使われた歴史は意外に古く、「日本書紀」に登場しています。ただし、ここで登場するあららぎとはイチイのことではなくノビル、もしくは同じネギ属の野生種であるギョウジャニンニクのことであると言われています。
あららぎの元々の意味
あららぎの元々の意味は「疎々葱(あらあらき:まばらに生えるネギ)」で、ノビルなどのネギ属の野生種を指しているからです。なお、「日本書紀」では「蘭」の字があてられています。
ノビルの古称であるあららぎに「蘭」の字があてられたのは、蘭には「香りの高い草」という意味があるからです。
蘭というと、ラン科の植物を指すようになったのは後代のことです。中国でも、藤袴のことを「蘭」と表現していた時代がありました。
木材として使用されている
イチイは年輪の幅が狭いため、緻密で狂いが少なく加工しやすいという特徴があります。しかも弾力性もある上に光沢があって美しいので、昔からさまざまな用途に利用されてきました。現代でも工芸品や鉛筆材など、幅広く利用されています。特に岐阜県飛騨地方の一位一刀彫が有名です。
イチイの基本データ
学名 | Taxus cuspidata |
科名 | イチイ科 |
属名 | イチイ属 |
別名 | あららぎ、オンコ、笏の木、クネニ、櫟・一位(イチイ) |
分類 | 常緑針葉樹 |
特性・用途 | 耐寒性・耐陰性が強い。生長が遅く刈り込みに強いので垣根・生垣向き。木材としても利用されることが多い。 |
寒さと積雪に強い垣根・盆栽向きの針葉樹
常緑針葉樹は概して耐寒性・耐陰性に優れているため、北国に広く分布しています。イチイも例にもれず、北海道では標高の低い場所にも分布していますが、四国や九州など温暖な地方では、冷涼な山岳地に分布していることが多いです。本来は高木ですが生長が遅いことと、年中青い葉を保つ常緑針葉樹であること、積雪に強く枝が折れにくいことから、垣根や盆栽によく利用されています。
イチイの特徴
御神木とされている植物
イチイの木は神木として多くの神社仏閣に祀られています。イチイには周囲を浄化し、幸福をもたらすパワーがあるとされており、特に日光二荒山神社中宮祠にあるイチイは「勝ち運上昇の御神木」として有名です。
天然記念物にも指定されている神木
樹齢約1100年の巨木であることから、栃木県の天然記念物にも指定されています。若々しい青い葉を一年中たもつ常緑針葉樹で、生長が遅い分長寿であることも、神木とするのにふさわしいと判断されたのでしょう。
北海道では神事にも用いる
イチイは北海道や東北北部では、玉串などの神事にも用いられています。これは本来の神事に用いる植物であるサカキ(榊)やヒサカキ(柃)が、北海道などの寒冷地では育たないことが原因です。現代のような運搬技術がなかった当時は、サカキやヒサカキを手に入れるのは難しかったため、代替品としてイチイを神事に用いるようになったと言われています。
イチイの花
イチイの開花時期は3月から4月です。雌雄異株なので雄株と雌株に分かれており、花の形状に少し違いがあります。雄花は球状で、小さな花がまとまってつき、雌花は細長く、表面はウロコ状になっています。ただし、小さい上に葉の付け根あたりから咲くため、イチイの花が咲いているところを見つけるのは難しいでしょう。
イチイの葉
イチイの葉は長さは1cmから2cmくらいの細長い羽根状で、葉表はツヤのある濃緑色です。針葉樹ということから、チクチクした硬い葉というイメージがありますが、実際は柔らかい葉でチクチクしていません。
かつては民間療法にも使用されていた
イチイの葉は、かつては民間療法で糖尿病や高血圧などに効くとされていましたが、薬効についての根拠はないどころか強い毒性を持っています。薬として用いるのは絶対に止めましょう。
イチイの実
そのまま食べるだけでなく果実酒にも
熟したイチイの実は甘く、そのまま食べることもできます。焼酎に漬ければ果実酒として楽しめます。イチイを垣根として植えることが多い北海道や東北北部では、垣根についた実を食べる光景も見られました。北海道ではイチイは「オンコ」と呼ばれています。垣根にできたり、食べるとおいしい実をつけたりする植物として、オンコ(イチイ)はとても親しまれている植物と言えるでしょう。
果肉以外はすべて有毒
イチイ(オンコ)の実はとてもおいしい果実ですが、食べる際には重大な注意点があります。イチイの種には非常に強い毒性を持つアルカロイドのタキシンが含まれています。間違って種を食べると中毒を起こし、最悪の場合呼吸困難で命を落とすこともあります。毒性を持つタキシンは、種・葉・樹皮と、熟した果肉以外の全ての部分に含まれているので注意が必要です。
タキシンは心臓毒の一種です。強い毒性は昔から有名だったようで、かのカエサル(シーザー)が著した「ガリア戦記」にもイチイが毒薬として登場しています。
ちなみに「ガリア戦記」は紀元前に書かれた書物なんだよね。イチイの強い毒性は、そんな昔から知られていたんだね。
続いて、イチイの名前・別名の由来を解説!
ちなみに「あららぎ」という別名を持つ植物は他にもあるよ。ネギ属植物の野生種ノビルの古い呼び名も「あららぎ」なんだ。